「けーし風」第73号(2011.12)「特集 新自由主義と軍事主義に抗する視点」

2015年10月10日/ 本のこと

「けーし風」第73号の特集は「新自由主義と軍事主義に抗する視点」です。

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特集にあたって(若林千代)

1990年代から2000年代、構造改革や新自由主義政策によって沖縄社会は大きく変化したと言われている。
辺野古や高江のみならず、過重な軍事基地負担は沖縄の最大の社会問題であるが、では、小泉構造改革から民主党へという過程は、沖縄の人びとの家計や暮らしにどのような変化をもたらしているのだろうか。
規制緩和、公共部門の縮小、教育・医療・福祉の市場原理主義による商品化、雇用の「柔軟化」等は、セイフティ・ネットに絶え間ない打撃を加えている。
一見豊かに見える社会であっても、実際には規制緩和が生活空間の激変と荒廃を招き、コミュニティの紐帯が衰え、さまざまな形で「貧困と格差」が潜んでいる。
 もちろん、それは日本全体に当てはまるのではあるが、果たして沖縄ではどのような状態になっているのだろうか。
あるいは、軍事主義の圧迫を受けている沖縄の視点から、こうした問題をどのように問い返すことができるのだろうか。

同時に、米軍の拠点とされ、日米安保体制の軍事的な根幹部分を押しつけられている沖縄の位置を考えれば、世界史的な構造変動を意識的に視野に入れることも重要になってくるだろう。
90年代のソ連・東欧圏の崩壊や中国の「改革開放」による資本主義市場経済への参入、「第三世界」の累積債務問題に対する世界銀行やIMFによる構造調整の押しつけ(でなければ、戦争と占領による徹底的な体制転換)、そして、過激化する投機的な金融メカニズム等は、今日、各地の既存体制に対する抵抗運動によって破綻の危機を迎えている。
2011年は、釜山・韓進重工業解雇撤回闘争や「中東の春」に始まり、ギリシャ他ヨーロッパでの緊縮財政策に対抗するゼネスト、アメリカでのウォール街占拠運動とその拡大、福島第一原発事故以後の日本や世界各地での反核運動、太平洋地域の民衆連帯に至るまで、寡占的な政治経済システム、あるいは、帝国主義時代以来蓄積した民衆の政治の周縁化に対する異議申し立てがさざまな形で起こっている。

今回の特集の問題提起の思想的な源泉、あるいは参照となる沖縄民衆の立場から提起された重要な指針として、ここではとくに、2000年に開催されたG8沖縄サミットを目前にして出された「沖縄民衆平和宣言」をいま一度踏まえておきたいと思う。

G8沖縄サミットは、日米両政府にとっては、96年の「日米安保共同宣言」の延長上で、沖縄の「戦略的重要性を世界にアピールする」という目的をもつものであった。
そしてこの「日米安保共同宣言」は、辺野古新基地建設のみならず、今日の「島嶼防衛」、あるいは東日本大震災の際の「トモダチ作戦」等の根拠であり、今日の日米関係の枠組み、あるいは前提となっている。

「沖縄民衆平和宣言」は、こうした日米安保体制の新たな段階に対抗する民衆の意志を示す目的をもっていた。
同時に1999年の新戦略構想によるNATOのユーゴスラヴィア空爆(その後、アフガニスタン、イラク、さらにリビアへと続く戦争と体制転換の方法)、さらに2000年1月シアトルでのWTO閣僚会議決裂(その後、現在のヨーロッパでのゼネストやウォール街占拠運動へと続く反グローバリゼーション運動の形成)といった世界情勢の認識から、自覚的に世界のなかに沖縄を位置づけようとしている。

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沖縄民衆平和宣言(2000年4月17日)

4年前の今日、すなわち1996年4月17日、日米安保共同宣言が発せられました。
この宣言は、東西冷戦を前提につくりあげられた軍事同盟である日米安保体制が冷戦終了後も必要であると「再定義」し、その強化の必要性を強調しています。
この宣言に基づいて、「戦争ができる国家」を目指した法整備が進み、わが沖縄には、若干の軍用地面積の縮小と引き替えに、老朽化した基地の再編・統合・強化政策が押しつけられようとしています。
普天間基地や那覇軍港の「県内移設」は、その代表的事例です。
そして、この県内移設政策推進のスプリング・ボードの役割をも担わされて、7月には「沖縄サミット」が行われようとしています。

日米政府や稲嶺県政は、「沖縄を檜舞台に押し上げることの経済効果」や「平和の発信」を強調しています。
しかし、クリントン米大統領をはじめとするアメリカ政府首脳は、極めて率直に「日米同盟の戦略的重要性を示すよい機会」などと発言してはばかりません。

周知のように、いわゆるサミットは、第三世界の資源ナショナリズムに対抗する先進工業国の経済会議として始まりました。
そして後には、NATOと安保の政治的・軍事的結束を誇示する場として世界政治を取り仕切る場に変質してきています。
ここでは、毎年、「経済的繁栄」や「平和」が語られます。
しかし、世界的に見ても、一つの国の内部を見ても、貧富の格差は拡大し続け、軍事力の行使も絶えません。
つまり、ここで語られる「経済的繁栄」とは、一部の大国やその中の特権階級の利益の追求であり、平和とは、その利益を保証する経済体制や国際秩序の維持にほかならないのです。
だからこそ、〈沖縄の戦略的重要性を世界にアピールする〉ことが、彼等にとっての〈平和の発信〉になるのです。

私たちの願う〈平和〉とは、地球上の人びとが、自然環境を大切にし、限られた資源や富をできるだけ平等に分かち合い、決して暴力(軍事力)を用いることなく、異なった文化・価値観・制度を尊重しあって、共生することです。
それが、沖縄の民衆が半世紀にわたる社会的体験を通して得た確信なのです。

50数年前、沖縄は、日米両軍の激しい地上戦闘の場になりました。
それから27年間、沖縄は、米軍の軍事支配下に置かれ続けました。
そして今なお、アメリカの世界戦略の拠点として、在日米軍基地の75%を押しつけられ、頻発する米軍の犯罪や軍事基地に起因する事件・事故、基地維持政策による産業・経済のゆがみや社会的荒廃に苦しんでいます。
同時に、わたしたちは、この基地を拠点とする軍事行動の犠牲者たちの被害が、わたしたちの苦しみをはるかに上回っていることに思いを致さざるを得ません。
それ故にこそわたしたちは、基地の再編・強化に反対し、基地の整理・縮小・撤去を要求し、日米安保の解消を求めているのです。

わたしたちは、4年前日米軍事同盟強化宣言の出されたこの日を起点に、独自に、あるいは、志を同じくする人びとと協力しあって、沖縄民衆にとっての「平和の発信」とは何かを明らかにしていきたいと思います。
この地球に生きる一人でも多くの人びとと、対等・平等の共生社会を築いていくために。
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この宣言では、沖縄の歴史的経験から導き出されたものとして、〈平和〉を単に戦争に対置されるものとしてだけでなく、より根源的な生活の問いとして、「地球上の人びとが、自然環境を大切にし、限られた資源や富をできるだけ平等に分かち合い、決して暴力(軍事力)を用いることなく、異なった文化・価値観・制度を尊重しあって、共生すること」だと定義している。
こうした問題意識に立って、宣言は、「貧困と格差」を生む市場原理主義、そして、大国中心あるいは一部の特権者による資源や利益の独占の構造、それを支える軍事主義を批判している。

今回の特集のインタビューのなかで、沖縄と同様、米軍基地の重圧に苦しむハワイで活動する平和運動家のカイル・カジヒロさんもまた、ニューヨーク・タイムスのコラムニスト、トマス・フリードマンの「隠された市場の指は、隠された鉄拳なしでは機能しない」という言葉を引用し、こうした構造を強く批判している。
これは、新自由主義は決して「自由」な市場ではなく、常に「隠された鉄拳」、すなわち軍事力を背景にして世界におしつけられているものだということをあらわしている。
そして、「鉄拳」が守りを固めるなかで、個々人は「自己責任」のかけ声とともに、丸裸で剥き出しの市場原理の世界に投げ出されることになる。
同時に、アフガニスタンやイラク、リビアといった、戦争によって体制転換を強制された地域では、また、直接戦場にはならないものの、沖縄やハワイ、あるいはグァハン(グァム)、ティエゴ・ガルシア等、軍事基地の圧迫を受けている地域では、「鉄拳」そのものが人びとから固有の土地や資源、文化、生活基盤を奪い、人権や環境を脅かしている。

今回の特集は、とくに「貧困と格差」の問題について、地域でのソーシャル・ワークや奨学金返還問題の取り組む方々による座談会(繁澤多美さん、稲垣暁さん、比嘉勝子さん)、若年層の労働や雇用の問題についてのインタビュー(内海宮城恵美子さん)、また、同時代的な国内/国際的諸条件や構造変動、軍事主義、抵抗の諸相に関して、ハワイ現代史とAPEC対抗サミット「モアナ・ヌイ会議」に関するインタビュー(カイル・カジヒロさん、髙里鈴代さん)、東日本大震災と原発事故、「トモダチ作戦」以後のCSIS等の動きにみる日米関係の動向(平野健さん)、さらに、ウォール街占拠運動とアメリカの民衆運動に関する分析(高祖岩三郎さん)で構成されている。

編集委員会としては、問題の大きさに比して、現段階では準備不足があり、実際に包括的かつ詳細な特集には至らず、課題が多く残されていると感じている。
むしろ、今回は、ここに参加していただいた方々の活動の経験、分析の力をお借りして、まずは問題提起を試み、今後の議論のきっかけにしていくことができればと考えている。
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Posted by ブックスマングルーブ店長 at 03:00│Comments(0)
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